2012, Jul.
木ノ下歌舞伎の三年間継続企画「京都×横浜プロジェクト」の最後を飾る一大プロジェクト。東京デスロックの多田淳之介を新たに演出に迎え、過去2年間の演出を務めた杉原邦生・白神ももこの3人の演出家による競演で、歌舞伎三大名作の一つ『義経千本桜』の通し上演が実現。
木ノ下裕一が『義経千本桜』の公演に先駆けて、関連企画をお届けしました。内容は、音声ガイダンス・予告映像・稽古場配信の映像記録になります。
詳細
2012年に上演された木ノ下歌舞伎の『義経千本桜』。私は、この作品を木ノ下歌舞伎におけるエポック・メイキングな作品として捉えている。それというのも、第一に、わが国の三大名作の一つである『義経千本桜』の二段目から四段目を通し上演として成し遂げたからである。従来の木ノ下歌舞伎の作品の中でも、通し上演は今作が初めてであり、上演時間は5時間にも及んだ。キャストやスタッフ陣は、すべて若手の小劇場出身者という中で、歌舞伎としてではなく<現代劇>として新たな物語を紡ぎ出したという点が評価できる。ここでの<現代劇>とは、一言で言うならば“contemporary”、すなわち<時代と共にある>という意味である。
古典芸能の領域以外で、自国の古典作品がなかなか省みられない中、古典に存する普遍的なるものを汲み尽くし、同時に批評的な眼差しを向けることで、『義経千本桜』を同時代の "私たちの物語" として新たに呈示したことは、小劇場の上演スタイルに一つの可能性を与えた。
第二に、若き演出家(多田淳之介、杉原邦生、白神ももこ)を3人起用した点があげられる。各段を3人が分業するという形を取りつつも、ラストの『四の切』(『河連法眼館の場』)では、共同演出という合作の形態を取ったことが興味深い。この演出スタイルは、これまでの木ノ下歌舞伎の作品の中でも初の試みであるだけでなく、現在の演劇興行の中でも、複数の演出家による合作というのは画期的な取り組みであると言える。
毛色の違う3人の演出家の各段が、全体を通してみると、あたかも予定調和のような作品へと結実したのは、ひとえにこの作品を根底で支えた主宰の木ノ下裕一の力が大きい。補綴と監修の立場の木ノ下は、3人の演出家と22人の役者たちと共に格闘しながら、物語の解釈と演出の可能性を探った。木ノ下自身が指揮を執るわけではなく、それぞれの演出家に委ねながらも、全体を総括する。いわば実験的な試みであるため、決して洗練されてはいないが、逆にそれが魅力となり、若者たちの溢れんばかりのエネルギーと古典が内包する豊かさを同時に備える作品となったのではないか。今後、この経験を踏まえて、どのような傾(かぶ)く作品を創り上げていくのか目が離せない。
清水俊洋